( ゚Д゚)<ブルジョア魂

「ゴリオ氏とランベルメニル夫人との間に何事があったのか、とにかく伯爵夫人は、もはや彼といっしょにいるのもいやだと言いだした。翌日彼女は、六ヵ月分の下宿料を払うのを忘れたまま、五フランと値踏みされた古着をあとに残していなくなった。ヴォケー夫人がどんなに必死になって行方を捜しても、パリ市内では、ランベルメニル伯爵夫人に関するいかなる情報も得ることができなかった。彼女はしばしばこの情けない事件のことを話題にし、自分がひとを信用しすぎるからだと愚痴をこぼしたが、しかし彼女は、牝猫以上にも疑い深かったのである。ただ彼女は、身近の人間はやたらと疑うくせに、どこの誰ともわからない相手には気を許す多くの人たちに似ていた。これは奇妙だが、実際に存在する精神現象で、その原因は、人間の心のなかに容易に発見することができる。もしかしたらある種の人間は、いっしょに暮らしている人たちからは、もはや何も得ることができないのかもしれない。彼らに自分の魂の空っぽさを見せてしまったあとで、心ひそかに自分が、当然のきびしさで彼らから裁かれていると感じ、それでいてお世辞を言われることがないので、お世辞にたいするどうしようもない欲求を感じ、あるいはまた、実際には持っていないような美点を持っているように見られたいという欲望にさいなまれるので、たとえいつかは信用を失うことがあってもいいから、あかの他人である連中の敬意や愛情を不意打ちできないかと思うのだ。それにまた、生れつき打算的な連中もいて、友人とか近親とかには、まさにそうするべきであるがゆえに、何ひとつ尽くしてやらない。それでいて、見知らぬ人間には親切にしてやって、そこから自尊心の満足というのを手に入れるのだ。こうした連中は、愛情の輪をせばめればせばめるほど、愛が少なくなる。その輪をひろげるにしたがって、世話好きになる。ヴォケー夫人はきっと、本質的にしみったれで、欺瞞的で、嫌悪すべき、そうしたふたつの性格を備えていたのにちがいない。」
バルザックゴリオ爺さん』)