( ゚Д゚)<時間の微分

「時間が一刻ずつ、いわば粒立って、緩慢に傾いてこぼれていくのを、永遠に過ぎ去らぬ苦のごとくうっとりと受け止めている、そんなことがあったな、とその翌日の仕事の最中に、手はやすめずに杉尾は思った。まだお話しにならぬほど若かった頃だ。つぎの時には許すと約束した恋人に、いよいよ逢いに行くその前日の暮れ方か、その当日の正午を過ぎる頃か、そんな時刻だ。唇をもどかしく触れあって、相手にはっきりとうなずかせておきながら、温い女の身体がいまこの腕の内にあるのに、わざわざ十日後だとか、二十日後だとか、思いきって遠くへその日を定める。あれが、いまから思えば、豪勢なものだった。十日、二十日という時間を、人を思う心で一色に染める了見でいた。日一日と思いが濃くなり、草が伸びて木の葉が暗くなり、雨が降って女の身体の中でも思いが熟れていき、しかもお互いに濁らない、ますます醇化した力を集めていくと感じていた。逢う前日の暮れ方に、ここまで来て時間がもう半歩も先へ進まなくなった、そんな静かさが降りてきて、雲が紫色に焼けはじめる。それすらお互いの思いの色の飽和と眺めることができた。
 老いるのはまず心身だが、それぞれ時間そのものが老いる、とも言えはしないか、と杉尾は考えた。年月ばかりがとめどもなく過ぎて、じつは時間が前へ流れにくくなっている。往々にして逆流しかけて、やがて身のまわりにゆるやかな渦を、とぐろを巻く。十日前だとか先だとか、いや、どうかすると昨日明日の区別さえ、頭で確め確めしているだけで、ほんとうのところ、自然にまかせれば、よくは感じ取れなくなっている。腔腸動物の類いが游走期を終えて、時間の流れのゆるやかな、海の底に沈着する。生長しきると、流れはさらにゆるやかになり、わずかに、熟れた触手がゆらめいている。あれで餌だけは、獰悪なぐらい素早く胎内に取り込む、他者の時間を。
 しかし喰って生きる動物の時間もまた考えてみれば空腹と満腹の、晴れ陰りみたいな循環で、一瞬にして餌を獲る反射運動も空腹の影みたいなもので、全体としてはやはりとぐろを巻いているのではないか。人間の毎日毎日の稼ぎもときおりの飢餓の、その一瞬の冴えによるささやかな獲物の、取り入れに暇がかかっているだけのことかもしれない。」
古井由吉『槿』)