( ゚Д゚)<聖なるたわごと

「「美人はめったにいい女優にはならんものでしてね」と彼は言っていた──「俳優にはなにか短所が必要なんです──長すぎる鼻とか、すこし焦点のあわない目とか。いちばんいいのは変った声をもつことです。人間というのは、なかなか声は忘れないものですから。たとえばポーリー・ロードみたいな声はね」彼はモーナのほうを向いた。「あなたはいい声をおもちです。あなたの声にはざらめと丁子とにくずくがはいっている。いちばん悪いのはアメリカ人の声ですよ──魂がはいっておいらん。ジェイコブ・ベン・アミはすばらしい声をもってました……うまいスープのような……けっして腐ったりしない声を。もっとも彼は、その声を亀の子のように引きずりまわしましたがね。女優はまずなによりもいい声を育てあげなきゃならん。同時に、もっと脚本の意味についてよく考えることだ、自分の格好のいいポスティリオン……じゃない、臀部〔ポステイリア〕のことばかり考えていないで。ユダヤ系の女優はどうも肉づきがよすぎましてね、舞台の上を歩くとゼリーみたいにブヨブヨふるえるんじゃかないませんよ。しかし、彼女たちの声には悲しみがこもっています……悲哀が。彼女たちは、悪魔が赤く焼けたやっとこで乳房を引きちぎろうとしているなどと想像する必要はありません。そうです、罰と悲しみは最良の要素ですよ。それと、少量の幻想は。ウェブスターやマーローの作品に見られるように。たとえば、便所へゆくたびに悪魔に話しかける靴屋とか。あるいは、モルダヴィアに伝わっているような、豆の茎と恋に陥る話。アイルランド演劇は気違いや酔っぱらいでいっぱいですが、彼らの口にするたわごとは聖なるたわごとです。アイルランド人はいつも詩人なのです。とくに、彼らがなにも知らないときには。彼らもまた苦悩をへてきていますからね、ユダヤ人ほどではないでしょうが、しかし十分に。だれだって、日に三度三度、じゃがいもばかり食べたり、爪楊枝がわりに三つ叉を使ったりしたくありません。偉大な俳優ですよ、アイルランド人たちは。生まれながらのチンパンジーです。イギリス人はあまりにも洗練されすぎ、あまりにも頭で考えすぎますからね。男性的な人種だが、去勢されているというか……」」
ヘンリー・ミラー『ネクサス』)