( ゚Д゚)<えすえふ・2

「未来の「人間性」。──遥かの時代を望む眼をもって、現代という時代を見やるときに、私は、「歴史的感覚」と呼ばれる彼ら独特の徳性と病気以上に目ぼしいものは何一つ現代人の上に見出すことができない。それは、歴史上ある全く新しい見知らぬものの生ずる萌しである。この萌芽に、数世紀ないしそれ以上の歳月を藉すならば、そこから遂にはある驚くべき植物が、それ相応の驚くべき香気を放って発生し、それがためにわれわれのこの古い世界は従前より一そう住み心地よくなるかもしれない。われわれ現代人は、いままさに、いとも強力な未来の感情の鎖を一環一環と編みはじめている──が、われわれは自分自身にやっていることの何であるかをほとんど知らずにいる。ほとんどわれわれには、新しい感情が問題なのではなくて一切の古い感情の清算が問題であるかのように、思われている、──歴史的感覚はまだ何か非常に貧寒なものであり、多くの人はそれに襲われると悪寒に襲われたように覚え、そのためなお一そう貧寒にされてしまう。一方、その他の人には歴史的感覚は、忍び寄る老年の徴候と思われるし、彼らにとってはわれわれの地球が、自分の現在を忘れようとて自分の若き日の物語を書きつづる憂鬱な病人のように思われる。が実のところ、それがここでいう新しい感情の一つの色調なのだ。人類の歴史を総体として自己の歴史と感じることのできる者は、何もかも怖ろしいほど普遍化することによって、一切のあの健康を想いやる病者の傷心を、青春の日の夢を追うあの老翁の悲哀を、恋人を奪われたあの恋する者の悲歎を、その理想が潰え去ったあの殉教者の憂悶を、何ひとつ決着しないままに身に傷を負い友を喪うにいたった戦闘の夕べにおけるあの英雄の心痛を、ことごとく一身に感ずるのである。──だが、あらゆる類いのこうした憂悶傷心の莫大な全量を身に負い、これを耐え忍ぶことができるということ、──しかもさらに自己の前方と背後に幾千年の地平を展望する人間として、かつ過去一切の精神的遺産のあらゆる高貴なものの継承者・責任を負う継承者として、かつ一切の古い貴族の中の最高貴の貴族にして同時にいかなる時代にもその比を見ず夢想もされなかったような新しい貴族の初子として、第二の戦闘の日の明け初めるときに曙光と自分の幸運とに挨拶をおくる英雄であるということ、──こうした一切を、人類の最古のもの・最新のもの・損失・希望・征服・勝利のすべてをば、自分の魂に受容すること、──こうした一切を最後に一個の魂に包蔵し、一個の感情の内に凝縮させること。──これこそは本当に、これまでの人間が夢にだも知らなかった幸福を生みだすに違いない、──力と愛とに充ち、涙と笑いとに溢れた神の幸福、夕べの大陽にも似て自らの汲み尽くされぬ豊かさから間断なく恵みを贈って、これを海へとふり注ぐところの幸福、しかも大陽のように、いとも貧しい漁夫すらも黄金色に映える櫂もて舟漕ぐを眺めては自らをこよなく豊かなものと感ずるところの幸福を! この神々しい感情を、そのときには、呼ぼう──人間性と!」
ニーチェ『悦ばしき知識 第四書』)