( ゚Д゚)<無麻酔手術

「数ヤードごとに、自分を励ますために、もうじきだぞ、今日じゅう歩けば開墾地につけるぞとくり返しつづけた。咽喉も眼もかわき切って焼けるようで、骨も自分のものではない、もっと年とった他人の骨みたいに脆い感じがしてきて、ふとそのことを──自分の生活を考え出すと、大伯父の死以来、一切大人なみに生きてきたことがはっきり判った。いま戻ってゆくおれは、もう子供じゃないのだ。おれ自身の拒絶の焔で試練を受け、じいさんの狂気をしっかり押えつけ、息の根をとめんばかりにして、もう飛び出してくる余地などなくしてやった。おれはあの時、教師の玄関に立って、うすのろの子供と眼を合わせた時にまざまざと見えた、血まみれの、つんとくる狂おしいイエスの影の下を遠い目標へとのろのろ歩いてゆくおれ自身の幻影も、今ではもう永久に払いすてて縁のないものとなったのだ。
 子供に実際に洗礼をほどこしたという事実も、もうほんの時折しか少年の心をかき乱さず、そのことを考えるたびに、偶然的なものと認めた。ほんの偶然の出来事だ。おれはあの子を溺れさせようとした、そいつをやってのけた、事の本質上も、水中にまきちらした二、三の言葉なんぞより、溺れさすという行為の方が大事なんだ、と彼は思った。この場合に関する限り、教師の方が正しくて、おれは間違った。教師はおれに洗礼をほどこそうとはしなかった。奴さんは言ってたな「ぼくの根性は、頭にあるんだ」おれだってそうだぞ、少年は思った。たとえあれが何かの具合で、偶然の事故ではなかったとしても、もともと大事でもないことは、どこまでも大事じゃない。おれはあの子を完全に溺れさせてやった。「否!」と口で言ったのじゃなく、やってのけたのだ。
 太陽はぎらつく珠だったのが、大きな真珠みたいに、まるで太陽と月とが輝かしい結婚をして一つに融け合いでもしたようにくっきりしてきた。少年が眼を細めると、黒い点のように見える。子供の頃、何度か太陽に向って試しに、止れ! と命令してみたことがあり、一度などほんの数秒だが見つめている間、本当に止ったのだが、こちらが背を向けると、途端に動いてしまった。今は、太陽に向って、空から消えてしまえ、または雲に隠れてしまえと、命じたい気持だった。まともに顔を向けて、眼から追っ払おうとやってみると、たちまち沈黙の彼方に、あるいは沈黙そのもののうちにひそむ一地域が、彼をとりかこみ、はるか遠方にまで伸び広がっているのに気づかざるを得なかった。」
フラナリー・オコナー『烈しく攻むる者はこれを奪う』)