2008-05-01から1ヶ月間の記事一覧
「ディオニュソスは、テーバイの王カドモスが四人娘の一人、死すべき人間の女なるセメレーの息子である。彼の母親は彼を産む前に、彼の父なるゼウスの雷火に撃たれて焼け死んだが、父親は彼をこの炎火から涼しい常春藤の蔓で護った。かく神によって死すべき…
「私が美学に導入したアポロン的とディオニュソス的という対立概念は、両者ともに陶酔の二つの種類であると解された場合には、何を意味するでしょうか? ──アポロン的陶酔は何よりもまず眼を興奮状態に置くのであって、その結果、眼が幻視の力を持つことにな…
「その途端に泰夫は力いっぱい引っ張られて、あやうく椅子ごと姉のほうに倒れかかりそうになった。あわてて身体をもとに戻すと、今度はその力に惹かれて、姉が軽々と泰夫の中にもたれこんできた。姉はすぐにバンドを離して、両手を泰夫の膝について身体の間…
「そのくせ椅子にまた腰をおろすと、姉はテーブルに片手で重い頬杖をつき、もう片方の手で瓶をひょいと傾けて高いところから派手に注ぎこむ。紅茶がなくなると、底に砂糖の沈んだ茶碗にまたウイスキーを思いきりよくついで、憂鬱そうな目で泰夫にも茶碗を差…
「十六日発信のお手紙ありがとうございます。来週にはそちらに出かける予定でおります。木曜日にあなたとお会いする約束をつくってほしいと、エリザベス・マッキーに頼んでおきました。けれども、会ってお話しする前に、あの小説について、それから、手紙で…
「文学志望者の最大弱点は、知らず識らずのうちに文学というものにたぶらかされていることだ。文学に志したお蔭で、なまの現実の姿が見えなくなるという不思議なことが起る。当人そんなことには気がつかないから、自分は文学の世界から世間を眺めているから…
「ハイネマンは非常に親切でした。すこしも訂正の要求をしません。九月か十月、最良の季節に出版の見込み。印税の契約書に署名し、次の小説を同社に渡す約束をしました。ほしいのかな? この文学上の取引は僕を腐らせましたよ。あげくの果てが、僕は自信を失…
「こうしてお見受けしたところ、二十前後の皆さんのなかには、鈴木三重吉の「赤い鳥」風の綴方の幸福な洗礼を受けた方々もおありでしょう。そうして、小学校の時はいい綴方を書いたが、女学校へ上って、ものを思う頃になると、つまり文学的な心も育って来る…
「ぼくは階段を一気に駆けおりて公園に向った。じりじりしていた。ウルリックの前で全部ぶちまけるなんて、ばかげていた。あの男ときたら、いつだって胡瓜みたいに冷たい顔をしていやがる。真実内部に起っていることを、どうしたら他人に理解させられるだろ…
「「さあ、みんな、樹のまわりを囲んで幹をおもち、樹の上にいる獣を捕えるのだからね。この秘密の祭の様子をしゃべらせてはならぬのだよ」。 女たちの無数の手が樅の幹にかかると見ると、たちまち樹を根こそぎ引き抜いてしまった。梢の上のペンテウスさまは…
「そこで王は五十人を率いる長をエリヤに送った。五十人長は山の頂に腰を下ろしているエリヤのもとに上っていってこう言った、「神の人よ、王さまはあなたに下ってきてほしいと申しております」。エリヤは五十人長に答えた、「私が神の人であるなら、天から…
「今日は荒模様だったので「五都地方のアンナ」〔アーノルド・ベネットの小説〕を読了した。五ヵ月の間英語の活字をほとんど一字も見なかったのでそれを読んで非常に奇妙な気がした。自分がどこにいるのか分からないような気がする。僕は──いまはいつもイタ…
「一八五二年の四月二十四日、フロベールは読んだばかりのラマルチーヌの小説(『グラジエラ』)についてこんな感想をルイーズ・コレに書き送った。《そもそもですよ、すばり聞くけど、彼は女と寝るんですか、寝ないんですか。あの連中は人間じゃない、マネ…
「作家は、絶対に凝視することを恥じてはならない。注意しないでいいものは何もないからだ。」 (フラナリー・オコナー「小説の本質と目的」)
「私がなぜ女性が目を閉じるか、ということについてくどくどと述べたのは、つまりこのことをいいたいからなのだ。 「君は今なにを考えているんだ」 「ねえ、それは、いいこと。とてもいいことよ」 と女性はこう答える。それは女性が具体的なものを通して秘密…
「On the other hand the pursuit of sex and love (for example) is not a surrogate activity, because most people, even if their existence were otherwise satisfactory, would feel deprived if they passed their lives without ever having a relat…
「ある日の午後、わたくしは、一人の感性優れた若い同僚と討論していた。いつものように、心理療法に関する話題であったと思う。話の自然の流れの中で、彼は、自己の幼少期の人間関係を語ろうとしはじめた。突然、わたくしの心の中に、何か、重い、負担にな…
「映画の世界は、現実の世界と同じく、つぎのような予測によって支えられている。すなわち、《経験の流れはたえず同じ構成様式に従って過ぎ去っていくだろう》ということ。ところが「写真」は、その《構成様式》を断ち切ってしまう(「写真」の驚きはここか…
「治療における患者の特性であるが、統合失調症患者を診なれてきた私は、統合失調症患者に比べて、外傷系の患者は、治療者に対して多少とも「侵入的」であると感じる。この侵入性はヒントの一つである。それは深夜の電話のこともあり、多数の手紙(一日数回…
「兇行の現場臨検の際の写真を、滝子の刺傷を明らかにするため引き伸ばしたものらしく、私は彼女の胸の大写しを見せてもらったことがあるが、写真機のせいか、光線のせいか、奇怪な出来上り工合だったので、変になまなましかったのを覚えている。例えば、髪…
「「写真」の明白さは過度であり、誇張されている。「写真」はいわば、そこに写っているものの姿を誇張するのではなく(事実はその反対である)、その存在そのものを誇張するのである。現象学者の言うところによれば、イメージとは対象の虚無である。ところ…
「一軒の古い家屋、影になっているポーチ、屋根瓦、昔のアラブ風の装飾、壁に寄りかかって座っている男、人気のない街路、地中海沿岸に見られる樹木(チャールズ・クリフォード撮影の「アルハンブラ」)。この古い写真(一八五四年)は私の心を打つ。私はひ…
「外なるものを生み出したということは、しかし、自分の中の何かを失ったことである。校正期において、この喪失感を補償するものは「小さな(内なる)批評家」による小さな手直しである。この手直しは、「まだ自分の自由になる」という感覚を与えて、進行す…
「何者かに生命を与えるという考えは、ぼくを慄然とさせます。父親になったりしたら、それこそ自分を呪うでしょう。ぼくの息子! それだけは絶対に、絶対に、御免です!」 (フロベール「ルイーズ・コレ宛書簡」)
「Was, said the weeds, Gone, said the sky, Dead, said the woods, but the full laments of history were left to the Whippoorwill.」 (Truman Capote "Other Voices, Other Rooms")
「ぼくが大好きな『〔リュシアン・〕ルーヴェン』にかんしては、ぼくが君がこれについて賞讃の言葉以外のことを言うのを禁じたいのだ……。ぼくは、スタンダールが、ちょうど自分に語るように──つまり、ぼく自身がしばしば自分に語るように──書くから、彼を愛…
「登場人物たちの性格、態度、対人関係は、当時の歴史的状況と密接に結びついている。当時の政治的社会的な状況が物語の筋の中にこれ程微に入り細にわたってリアリスティックに織り込まれたことはなかった。それ以前には、政治批判を目的とする作品は別とし…
「眠りのうちで意識がまどろむとき、夢のうちでは実存が目覚める。眠りの方はといえば、これは生へと向かい、これをみずから準備し、それに区切りを入れ、それを助成する。眠りが死の見かけを呈するにしても、それは、死ぬまいとする生の詭計によるものなの…
「われわれはすべて夢の世界を生みだすことにかけては完全な芸術家といえるが、この夢の世界の美しい仮象が、あらゆる造形芸術の前提であり、それどころか、のちに見るように、文学の重要な一半である演劇の前提でもある。われわれは夢にあらわれる人物とす…
「さて、こうしたことすべてには時間がかかる。優れた短篇作品の意味が長篇小説の含む意味より小さくていいわけはないし、劇的運動が不完全であっていいわけもない。作品の主要な経験に本質的に関わるものは、どれ一つでも、短篇小説だからといって省かれて…