( ゚Д゚)<anticommunicative

「ある日の午後、わたくしは、一人の感性優れた若い同僚と討論していた。いつものように、心理療法に関する話題であったと思う。話の自然の流れの中で、彼は、自己の幼少期の人間関係を語ろうとしはじめた。突然、わたくしの心の中に、何か、重い、負担になるような感情が起ってきた。そこで、わたくしは、彼を遮り、「いまの私とあなたの間柄は、そうした話を聞くのにふさわしいものではないような気がする」と告げた。一瞬、彼の内部に何かがひらめいたように見えた。
 彼は次のように語った。「先生が聞くまいとしたとたんに、いま自分が話そうとしていた事柄が重要なものだという気持になった。それまでは、重要だという感じではなかったのに」。このできごとは、「秘密」の意義に心を向けていたわたくしの興味をひいた。大切な示唆が含まれているように感じられた。
 後日、わたくしと彼とは、このエピソードについて再び話しあった。彼の方もわたくしと同様、ひどく興味をそそられており、連想が豊かになっていた。そして、つぎのことをわたくしに教えてくれた。(1)話そうとしていた事柄は、本来、自分にとって重要な事柄であった。話の場の雰囲気にのまれて、事柄の重要性を軽視するような心境が生まれていた。遮られたことでハッと我に返帰った感じだった。(2)事柄の重要さが再認識されただけでなく、二人の関係が真剣で生き生きしたものに感じられてくるという変化も、全く同時に起こった。(3)以前、自分が関係していた文芸サークルの同人たちの間では、自己の秘密をあけすけに語りあう風潮があった。ところが、それと並行して、互いのその場の関係を軽視し、そうすることで真の秘密は実は洩れていないのだ、と感じておこうとする秘かな態度があった。
 この若い同僚が教えてくれた三点に、わたくしは興味をそそられ、あれこれの連想が湧いた。精神療法の中で「秘密」をどのようにとり扱えばよいか、についての思いつきも含まれていた.
……」
(神田橋条治「『秘密』の役割」)