( ゚Д゚)<息子殺し

「「さあ、みんな、樹のまわりを囲んで幹をおもち、樹の上にいる獣を捕えるのだからね。この秘密の祭の様子をしゃべらせてはならぬのだよ」。
 女たちの無数の手が樅の幹にかかると見ると、たちまち樹を根こそぎ引き抜いてしまった。梢の上のペンテウスさまは、恐ろしい運命の迫ったのを覚られたのであろう、幾度も悲痛な叫びをあげながら、まっさかさまに地上に落ちてこられた。御母君のアガウエさまがまっさきに、犠牲を屠る役を買って出られて、ペンテウスさまにとびかかってゆかれた。殿様は、自分とわかればアガウエさまもまさか殺しはなさるまいと、頭に巻いた髪止めの紐をかなぐり棄て、母君の頬に手をふれ申されるには、「母上、私です、エキオンの館で母上が生んで下さった伜のペンテウスです。母上、どうか私を憐れと思し召して、私の犯した罪とはいえ、その罪ゆえにわれとわが児を殺したりはなさらぬよう」。
 しかしアガウエさまは口からは泡を吹き、眼はあらぬかたをさまようて、すっかりバッコスの神に魅入られておられる。正気ではないのだから、ペンテウスさまの申されることなど耳に入るわけがない。ご不運な殿様の左の腕の肱のあたりを掴み、脇腹に足をかけて踏んばると、肩の付け根からすっぽりと引き抜いてしまわれた、それも何の造作もなくな。神様が腕に自在の力を与えたもうたのだ。また一方の側では、イノさまが殿様の肉を引きちぎっておられるし、やがてアウトノエさまも他の信女たちもみな襲いかかってくる。虫の息の殿様の呻き声と、信女たちの歓声とが入り交じって、すさまじい一つの声になって響いている。殿様の腕を掴んでいる者もあれば、靴を穿いたままの足を握っている者もある。肉を引きちぎられて肋骨がむき出しになってゆく。やがてどの女も、血まみれの手で、ペンテウスさまの肉片を、毬のように投げ合って戯れるのだ。」
(エウリーピデース「バッコスの信女」)