( ゚Д゚)<団地シンフォニー

「私がはじめて団地式の建物に入居したのはもう六年も前のことである。入った当初は、これはなかなか具合のいいものだと悦に入っていた。だが何となく落着かない。その漠とした落着かなさが、風呂を沸かすことにたいする奇妙な気おくれとなってあらわれた。プロパンガスのセントラル方式だったが、風呂のバーナーに火をつけると、どうかすると風呂場全体がウォーン・ウァーンと気味の悪いうなりを立てるのだ。最初の夜はそれが爆発の予兆でもあるような気がして、入浴を断念したものだ。翌日になってさっそく隣の人にたずねてみると、原因がわかった。つまり、風呂場の位置はああいう建物だから一階から四階まできっちり重なっている。それにどこの家でも、風呂を沸かす時刻はだいたい変らないものだ。それだもので、一階から四階まで風呂のバーナーにそろって火が入ると、噴出する炎のふるえがひとつに共鳴しあって、コンクリートの壁をふるわせ、その壁にかこまれた空間が共鳴箱となって、あのような派手なうなりを立てるのだそうだ。
 夜のいとなみのほうはどう共鳴するのだろう、と私は説明を聞いたときちょっと心配になった。」
古井由吉「積み重ねられた暮し」)