( ゚Д゚)<恋の才能

「──ああ、手紙……やっぱり、やめにしておきます。いまどき、賢い女性はこういう場合に手紙を書いたりしません。電話もあるのに、じかにお話しする機会もないではないのに。それに、お気持の負担にならないようにするには、どう書いたらいいのでしょう。人には迷惑、自分には後悔が残るだけ。だから、この便箋は破り棄てて、わたし自身もほっとして、今夜は十二時をまわりましたから、これでやすむことにします。でも万が一、屑籠から舞い上がってお手もとに届いてしまった時には、せめて手紙にはやさしくしてくださることと思います。差出人には、屑籠のふたをしっかり閉めておかなかった罰として、今度顔を合わせた時には、お願いです、知らぬ顔でいて……。
 可愛い手紙じゃないか、とわたしは友人に言ったものだ。いまどきめずらしく、純然たる恋文である。余計なことばかり書いてあるようで、じつは余計なことは何ひとつない。つまり、あなたが好きだ、ということしか書いていない。」
古井由吉「ああ、恋文」)