( ゚Д゚)<新しきノア

「想像力は大陸を描き、生命がしだいしだいに、その永遠の泥の中へと沈みこんでゆくに先立ち、最後の痙攣の中に肺を上げ下げしている、巨大な湿った泥沼をも描き出すことができる。苔むした切株や、蜂鳥、あるいは警笛の悲鳴をもった翼竜、割れ目に乾きかけている精液のしずく、あるいはまた、それぞれの孤独をつくり出そうと、泥の中に横たわり固まりかけている名もない暗斑などの間をさまよう、魂を持たざるものたち。生徒たちは静けさに聾となって坐り、教科書が多彩な絵となって机の上に中味をさらけ出す。これは歴史の領域だ。草と沼に埋もれた炭素の森林。石くれから火を打ち出すピテカントロプス。吼え叫ぶ犀。夜の闇に図表をあみ出す遊星の解き難い扇。われわれのキャンプの焚火の灰がやわらぎ、皺よる間に、石くれから打ち出された最初の歴史の閃光。カスタード・プリンの並んだような生徒たちの顔! 海は溶け、しだいに引いてゆく。とつぜん加速をかけられた氷河時代の大破壊。地球はその沐浴を始める。遊星たちはおのれの身体をきれいに舐める。諸大陸の泥はかき出され、耕される。森林は掘り出され、羽毛のかたまりのように、空間へ投げ捨てられる。食物を積み、毛皮と育児道具を積みこんだ、小舟での猿たちの移住は限りがない。青銅器と家畜を持ち、乳房の大きい女たちを横に従え、メキシコ湾流をかきまわし、混沌の場に変える男たち。おお、夜明けが極地から虹色の雪となってひろがり、極彩色の扇をふるわせるのを眺める猿の心の、おそろしいばかりの孤独よ。大洋の青い水面に降り敷き、溶け去る雪ひら。彼らの背後には、位置もさだからぬ虚に消えた世界──そして行く手には、何が待ち受けるのか? 時間を使い尽くし、もろもろの季節へと行く手を求めてゆく水の縁。彼らを導く手も、オリーブの枝もない。雪が、ひしと抱き合った彼らの毛深い脛や肌を凍りつかせる……。」
(ローレンス・ダレル『黒い本』)