( ゚Д゚)<悲劇の素材

「「わしはときどき真剣にこう結論しようと思ったな、つまり労働の楽しさなどということを考えだしたのは、なにもしない、もちろん篤志家などといわれている、のらくら連中だとな。これは前世紀末の『ジュネーヴ思想』〔ルソー〕の一つだがね。タチヤナ・パーヴロヴナ、一昨日わたしがこういう広告を新聞から切り抜いておいたのだが、ほらこれだがね(彼はチョッキのポケットから小さな紙きれをとりだした)、これは古典語や数学に通じていて、どんなところへでも出向き、屋根裏にでもどこにでも住む覚悟の、無数にいる『大学生』の一人らしいが、ほらこんなことを書いているんですよ、『当方女教師、すべての学校の受験準備を指導し(いいですか、すべての学校ですよ)、算数を教えます』──たった一行だが、傑作じゃありませんか! 受験準備を指導するというなら、むろん、算数もふくまれるわけで、なぜわざわざ算数とことわるのです? そうじゃないのだよ、彼女の場合この算数に特別の意味があるのですよ。これは──これはもはや純然たる飢餓です、これはもはや貧困の最低線なのですよ。この文のまずさがかえって胸にきますねえ、女教師になる勉強なんて、明らかにしたことがないのですよ、それでなにを教えられます、それが、身投げする思いで、最後の一ルーブリを新聞社へもってゆき、すべての学校の受験準備を指導するだの、そのうえさらに、算数を教えるだのと、広告をたのんだのですよ。Per tutto mundo e in altri siti.(世界中、いたるところですなあ)」
「ああ、かわいそうに、アンドレイ・ペトローヴィチ、なんとか助けてあげたいわねえ! その女どこに住んでるのかしら?」とタチヤナ・パーヴロヴナが声をうるわせた。
「よしなさい、きりがない!」彼はその紙きれをポケットへしまった。」
ドストエフスキー『未成年』)