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「ところが、いよいよ踊りも終ってみると、彼女は腰を下ろすのも拒んで歩きだした、仕方なく彼も、彼女を抱いたまま、巧みに彼の歩調に乗せて一緒に来た。彼女も別に不承知そうではなかった。まるで一条の月光のように、また鋼鉄の刃のように、彼女は美しく輝いて見えた。まるでわれとわが身を傷つける刃をつかんでいるような思いだった。だが、たとえよしそれが死でも、この女だけはきっとつかんでみせる。
 二人は刈麦置場の方へと歩いて行った。そこで彼は、新麦の大きな堆積が、昼間とはまるで変った姿できらきら輝いているのを、一種の恐怖感をもって眺めた。それらは青黒い夜空の下を白銀色に光りながら、深々とその黒い影を投げていた。それでいて堆積そのものは、いかにも堂々と闇の中に暗く浮き出しているのだ。そしてそれらが冷たい火のように銀藍色の大気へと燃えて立つ中で、彼女もまた閃く糸遊のように、ともに燃えて立っているかに見えた。いっさいが縹渺として捉えられぬのだ。冷たい、まるで白鋼色の焔が燃えるのにも似ていた。そして、それらの麦堆積がいっせいに大きく月光に燃え、彼の頭上に迫ってでもくるかのようでおそろしくなった。彼の心は次第に萎縮し、水玉のように溶けはじめた。これでは死んでしまうのではないか、と彼は思った。
 しばらく彼女は、圧倒するような月明の中に立ちつくしていた。彼女そのものがなにか一道の光のように見えた。彼女は自分という女がこわくなった。彼、影のようにおぼめいて、ためらいながら立っている彼の姿を見ると、突然、奇妙な欲情が彼女を捉えた。彼を捉え、引き裂き、そして抹殺してしまいたいような欲情に襲われたのだ。彼女の手と手首が刃のようにおそろしくこわばった。彼は相変らず彼女と並んで影のように待っている。その影を彼女は、あたかも月光が闇を破るように、散らし、破り、抹殺し、そして片づけてしまいたかった。つと彼の方を見る。霊感でも受けたかのように、彼女の顔は明るく輝いていた。彼女はそっと誘ってみた。
 と、そこは彼の強情さとでもいうか、軽く彼女を抱くと、物陰へつと連れて行った。彼女はされるままになっている。なにができるか、したいようにやらせてみるのだ。彼は彼女を抱いたまま麦堆積に背を倚せた。麦堆積や無数の鋭い、そして冷たい焔になって彼の背中を刺した。だが、彼は相変らず執拗に彼女を抱きしめていた。
 やがて彼の両手が彼女の全身──岩塩のように硬く、光のように輝く彼女の肉体を、おそるおそるまさぐりはじめた。ああ、ものにさえなれば、どんなに楽しめる女だろう! 輝く、冷たい、そして痛いまでに燃えるこの肉体を、この両手の柔らかい鉄鋼の中にさえ捉えることができれば、そうだ、からめ捉え、そのまま横にさえしてしまえば、どんなにか狂ったように楽しめることだろう。心こまかに、だが全精力を傾けて、彼は彼女を押し包み、そして物にしようと努めた。しかも彼女の方は、終始燃え輝き、岩塩のごとく、おそろしいまでに硬くなっている。だが、あくまでも彼は執拗に、全肉体を燃やし、まるでなにかおそろしい侵蝕性の劇毒にでも冒されたかのように、ただひたすらに迫りつづけた。最後には征服しうるかもしれぬという、ただそれだけをたのみにだ。まるでそれはおそろしい死の中に顔を埋めるようなものだったが、狂気のように彼は彼女の唇を求めた。彼女はぐったりとなって身をまかせる。魂はいくどか呻きながらも、彼は彼女を力いっぱいに抱きしめた。
 彼女はいきなり接吻で受けとめる。強く、激しく、燃える月光の腐蝕作用にも似て、彼女の接吻はたちまち彼を捉えた。まるで彼を圧し殺さんばかりだった。よろめきながらも、彼は全身の力をふりしぼって、いつ離れるともない接吻をつづけた。」
D.H.ロレンス『虹』)