( ゚Д゚)<文学は存在しない

「彼が『セラフィータ』を書いたのはカニシ街だった。バルザックという男は自分の本名を使うようになるまでに、一ダースほどのペンネームで四十巻もの作品を書くという信じられないような離れ業をやってのけた。ある本ではフランス語の書き方を学んだという。別の本では人物の扱い方を覚えたといい、また別の本ではあれやこれを学んだともいっています。彼がついに勇気を出して本名を使い、彼に名声をもたらしたあの八十巻の作品を生み出したとき、彼は完璧ということを学んだのだろうか。いや、そんなことはない。大多数の批評家の意見では、彼は下手な作家だ──芸術家ではないというのだ。ぼくのいうことが分ってくれると思いますが。『セラフィータ』を書いた男は一芸術家以上の人物だった。完成する暇のなかった作品が四十篇もあった! やれやれ、完成するために時間を浪費するなんてことを彼はしなかった。彼がどんなことをしようと思っているか、人生が彼にとってどんな意味を持っているか等々をジョルジュ・サンドに語ったあの言葉を知ったとき、ぼくは彼の前に跪いて、こういいました。おお、バルザックよ、ぼくはあなたの意見に賛成です。あなたが正しかろうが間違っていようが、あなたが空発の天才であろうが完全主義者であろうが、あなたが言ったことや行ったことは正しい、と。バルザックがあのがつがつしたジョルジュ・サンドにこういったんですよ。「文学ですって! しかしねえ、文学なんてものは存在しないんですよ! あるのは人生だけです。政治も芸術もその一部分にすぎません。そして、ぼくは生きている人間で、それがすべてです──自分の生を生きている、それだけです。」」
(『ヘンリー・ミラーロレンス・ダレル往復書簡集』)