( ゚Д゚)<神的外部

「積極的、肯定的な彼女は暗礁のように隠されていた。現われることは絶対になかった。乾いた灰に埋められた一粒の種子にも似ていた。彼女が生きているこの世界は、いうなればランプの光に照らし出された一つの園なのだ。人間の完全な意識によって照らし出されたこの光明圏だけが、彼女にとってはすべての世界であり、そしてここにこそ、いっさいはその真姿を永久に顕現しているとばかり思っていたのだ。もっとも、彼女はたえずその暗黒の中に、なにか野獣の眼のように、いくつかの光点の明滅するのに気づいていた。しかも彼女の魂は、大きな恐怖の盛り上りの中で、ただその外なる暗黒だけをしか、これまで認めていなかったのだ。ところが、いまや彼女の生きて動いているこの内なる光明圏、そこには汽車が走り、工場が機械製品をつくり出し、植物や動物が科学と知識との光によって生きているその世界だが、突如としていわばあのアーク灯下の明るみ──つまり、そこでは蛾や子供たちが目眩む光に安心し、ただ自分たち自身は光の中にいるというだけで、闇のあることなどまったく知らずに戯れている、ちょうどあの光の世界のように思えてきたのだ。
 だが、さすがに彼女は、すぐその光の外側を動く、なにか暗い動きをかすかには認めていた。いわば野獣の眼にも似たものが、かすかに闇の奥から輝いて、キャンプの焚火や眠っている人たちの空しさを、じっと見つめているのに気がついていたのだ。「われらの光、われらの秩序のかなたはすべて無」と称し、終始その顔を内側へ、まるで燃えつきようという焚火のような光明の意識世界にばかり向けているキャンプの人たちの奇妙な愚かさ、空しさを、さすがに感づいてはいたのだ。たしかにそこには太陽があり、星があり、創造主もいまし、正義の秩序もあった。だが、そのまわりをめぐる巨大な暗黒、そしてまたその周辺にうごめく影のようなものについては、いっさい頭から無視しているのだった。
 そうだ、それなのにその暗黒の中に、誰ひとり炬火を投げこむ勇気すらなかったのだ。というのは、もしそれをあえてすれば、彼はみんなに嘲笑されるに決っている。「この反俗、反社会の馬鹿者めが! なぜまたお化け話などを持ち出して、われらの平和を乱したいのだ? 暗黒など断じてあるはずがない。われらはただ光の中にこそ生き、動き、そして存在するものなのだ。われらには永遠の知識の光が与えられ、知識の深奥の核心をすら把握しているものなのに、汝、愚かなる痴者よ、なにとて暗黒などを持ち出して、われらを貶めようというのだ?」と。
 だが、依然として暗黒はめぐっているのだ。灰色の野獣と、同じく影のような黒い天使の象とを揺曳させながら、黙々とめぐっているのだ。だがその場合、天使の象の方は、あたかも光が暗黒の家畜どもを閉め出すように、それらを光が閉め出していた。ただ一部の人たちだけが一瞬暗黒の存在を認め、それがハイエナや狼の毛で毳立っていることを認めた。あるものだけが空しい光への夢は諦め切り、思い上りの自我に死んで、ハイエナや狼の眼に光る輝きに気づいていたのだ。つまり、それこそは入口の門を衛る天使たちの剣の輝きであり、そしてまた暗黒の中に天使たちは威容厳然として、あたかも牙の閃きにも似て、もはや否定しえぬ存在であることに気づいていたのだった。」
D.H.ロレンス『虹』)