( ゚Д゚)<反-歴史

「二年の関係からひとつだけ、おかしな疑念の、影のようなものが残った。男とのことを幾度重ねても、最初の苦痛から結局はほとんど出なかった。それはいい、人並みではないのかもしれないとは前々から思っていた。しかし、生まれて初めて男にからだを押しひらかれたとき、その苦痛を、初めてではないように感じたのは、あれは何だろう。その後も男に抱かれるたびに、ああ、これは初めてでない、とつぶやきが胸の内で洩れて、つかのま、想起に似た感覚へ、耳を澄ますふうになった。同じ苦痛の反復から、永遠にのがれられない気持がしていた。
 最初の男と別れて一年ほどして、二人目の男に抱かれたときにも、同じ感じが起った。相手の存在には、かかわりがなかった。最初の男との二年間も、男に触れられずにいた一年間も消えていた。ただ、いっそう深い、もう心地よいぐらいの孤独感があった。自分の行為はどれもこれも、どこか過去のほうの、底知れない既知感の穴の中へ吸いとられて、現在のただなかでもう記憶が薄れていく。そのつど、自分にも人にも覚えのない出来事の、二度目の反復のようにしか感じられない。人もいなければ恥辱もない、疲れだけがすこしずつ底に溜まっていく。」
古井由吉「子安」)