( ゚Д゚)<Girls Be Terror・3

「彼は町に戻った。夜はむし暑く、闇のなかには生れたての蝉の声が満ちていた。彼はベッドと椅子と化粧箪笥をすれぞれ一個だけ使っていて、箪笥の上にはタオルをひろげてそこに自分のブラシや時計、パイプや煙草袋を置き、一冊の本にもたせかけて彼の養女リトル・ベルの写真も立てかけておいた。彼はその写真を少し動かして顔が正面を向くようにした。その前に立ってながめていると、その甘ったるくてつかみどころのない顔は、古びた厚紙のなかから彼の肩の上方の何かを見つめていた。彼はキンストンの家にある葡萄棚のことを考えはじめていた──夏の夕暮れの薄明るさや低い話し声、それが彼の近づいてゆくにつれて暗く静まりかえってしまったものだ。元来彼は二人にたいして悪意を持たず、特に彼女にたいしては悪意どころか好意さえ持っているのに、彼が近づいてゆくとひっそり静まりかえって、ただ彼女の白いドレスが青白くささやきかけるばかりだ、いやそれに彼女の奇妙で小さな肉体の、甘美で切迫した動物的なささやきもあった──あの肉体は彼が生んだものではないが、そのなかにはいま、熟れはじめた葡萄の発酵するような魅惑が微妙にも漬けこまれているように思えた。
 彼は突然に動いた。写真もまた自分の意志で動くように、危なくもたれかかっていた本から少しずりおちた。写真の人物は光線の反射の下で少しぼやけて、澄んでいる水がかき乱されたなかに何か見なれた物を見たときのような印象になった──そして彼はその見なれた顔を静かな恐怖心と絶望感で見つめたのだ。突然その顔が罪のために浅ましく老けこみ、甘美さを失ってぼやけ、両眼は優しさよりも秘密にかげって見えはじめたのだ。彼は思わず手を伸ばし、ばたりと写真を倒した。するとふたたびその顔は口紅を塗った唇をとりすまして固く結んで、優しそうな眼つきのまま彼の肩の向こうを思案げに見つめているのだった。」
(フォークナー『サンクチュアリ』)