( ゚Д゚)<Girls Be Terror・4

「二人は暗黒のうちに坐っていた。動かずにまた物を云わずに、黙って坐っていた。眼に色を見ないせいか、外の暴風雨は今までよりは余計耳についた。雨は風に散らされるのでそれほど恐ろしい音も伝えなかったが、風は屋根も塀も電柱も、見境なく吹き捲って悲鳴を上げさせた。自分達の室は地面の上の穴倉みたような所で、四方共頑丈な建物だの厚い塗壁だのに包まれて、縁の前の小さい中庭さえ比較的安全に見えたけれども、周囲一面から出る一種凄じい音響は、暗闇に伴って起る人間の抵抗しがたい不可思議な威嚇であった。
「姉さんもう少しだから我慢なさい。今に女中が灯を持って来るでしょうから」
 自分はこう云って、例の見当から嫂の声が自分の鼓膜に響いてくるのを暗に予期していた。すると彼女は何事をも答えなかった。それが漆に似た暗闇の威力で、細い女の声さえ通らないように思われるのが、自分には多少無気味であった。しまいに自分の傍にたしかに坐っているべきはずの嫂の存在が気にかかり出した。
「姉さん」
 嫂はまだ黙っていた。自分は電気灯の消えない前、自分の向うに坐っていた嫂の姿を、想像で適当の距離に描き出した。そうしてそれを便りにまた「姉さん」と呼んだ。
「何よ」
 彼女の答は何だか蒼蠅そうであった。
「いるんですか」
「いるわあなた。人間ですもの。嘘だと思うならここへ来て手で障って御覧なさい」
 自分は手捜りに捜り寄って見たい気がした。けれどもそれほどの度胸がなかった。そのうち彼女の坐っている見当で女帯の擦れる音がした。
「姉さん何かしているんですか」と聞いた。
「ええ」
「何をしているんですか」と再び聞いた。
「先刻下女が浴衣を持って来たから、着換えようと思って、今帯を解いているところです」と嫂が答えた。」
夏目漱石『行人』)