( ゚Д゚)<男ってアホだね

「「何を考えたの」
「何をって、ずいぶんあさましいこと。これぐらいのことは、聞いてあげなくては、矢沢から守ってもらえないって……」
 二度目に家を走り出て逢いに行った晩、男が言った。いつだか矢沢がひどく酔って、柾子がひとりで家にこもっていると思うとどうにも気にかかるので、ひとつ呼び出して抱いてやってくれないか、としつこくからんだという。それでもかまわない、と柾子は思った。しかし男はやはり小心な自惚れ屋にすぎなかった。
「女の神経が昂ぶって、からだのほうは上の空になる、ということが、男の人にはわからない」と柾子は目の前の広部の存在を忘れたようにつぶやきながら、銚子を手に取って、盃を出すよう目で促がした。
 夜がすこし更けると男は落着きがなくなり、今夜は早く帰れと柾子を説得しはじめた。朝まで一人でここに残る、と柾子は動かずにいた。三十分もぐずぐずしてから男は眠ったふりをした柾子の前で、ここのドアは外から閉めると自然に錠がかかるのかしら、などとぶつくさ気にしながら、出て行った。一人になってみると、ずいぶん寒々として臭いところで、もう屍体になってモルグに置かれているような気さえしたけれど、こうして裸で投げ出されていることには変な快感もあった。そこへ枕もとの電話が鳴って、出ると、帳場の女が、ああ、おいでなんですね、と言う。どう、いた、ともう一人の女の声がささやくのも聞えた。何事かと思って問いただしたら、あとでよく面倒が起るので、と女はしどろもどろに答え、それから急に居直った声になって、おつれさまがあんまりあたふたと飛び出して行かれたもので……と言う。一刻もここにはいられないと柾子は思った。
「ひどい話だね」
「そんなふうに扱われても、しかたなかったのよ」」
古井由吉『櫛の火』)