( ゚Д゚)<亡霊コンプレックス

「かくて、秋は、雨とともにすぎぬ。冬さりぬれば、空暗くじめじめとして雨ふるも、霜おくことまれなり。島は、わが島は、うす暗くうづくまり、よそよそしくぞなる。しめりて、うす暗き窪みにひそむは、とぐろ巻く怨霊、そのさま、濡れ犬の尾をまき、あるは、眠りも覚めもやらぬ蛇にも似たり。さて、夜ともなれば、海ゆくときのごとく、風大いに荒れて吹きつけ、わが島は、地獄のごとく、とこしなへに古き世となる。とこしなへに暗き世となり、たえて島とはいへず。過ぎさりし夜な夜な、亡霊どもことごとくあらはれしところにて、はてしなき彼方も迫りよるなり。
 あやしきは、わが小さき島のたたずまひのなかにありて暗く、大いなる時空のなかにいりこむことなり。たえて死することなき亡霊どもことごとく、その広く、怪しき使命をおびて、向き変りて跳びかかるなり。浮世の小さき島はちぢまり、虚空への跳び台のごとくなる。暗く広き摩訶不思議の時のなかに跳びたつとも、いかなるゆゑとも覚えぬべし。昨日の、おぼろにたゆたひ、明日の、断ちきれずにあるところなればなり。
 これぞ、島びとたるものの恐れなれ。巷にありて、白き脚絆をまとひ、その往来に、鞭打ちの死のをののきをかはすならば、はて知らぬ時の虞も、つゆ覚えざるべし。刹那は、時のなかなる小さき斑点なり。かなたなる世界は走りすぎゆくなり。
 されど、ひとたび海原のなかの小さき島に籠もりなば、刹那はうねりはじめ、大いなる波紋をゑがきてひろごり、定まれる大地も失せ、さだめなき、あらはの暗き魂は、時分かぬ世に、姿をあらはすべし。世にいふ、死の戦車、古きかみの世の巷を駆けおり、亡霊ども、かりそめに過ぎにし昔と呼ぶ歩道に群らがるべし。亡者の亡霊ことごとくよみがへり、いきいきと脈うつを、聞かん。誰にても、ほかなる無限のなかに追ひたてらるるべし。
 かかるたぐひのこと、わが島びとに起りしなり。霊妙なる「心乗り」わきおこりしなり。ならひしれぬことなり。古の、とうに消へうせし人びとの、あやしき気配、または別なるさしひびき、鬚面の、ゴールの人ら──かつて、この島にをりしも、島の面より消えうせ、夜陰に乗じてあらはるることありしなり。夜の闇のなか、大にして、むくつけき体、姿見えざれども、今なほ、音たてて飛びゆくが、うかがはるるなり。黄金の劔と寄生木を手にしたる、僧侶たちあり。また、十字架を持ちたる僧侶たち、さらに、海に殺掠をはたらく海賊どもも。
 わが島びとは心おだやかならず。昼日なかは、たはけたることとて、つゆも信ぜざりき。されど、夜ともなれば、然ならず。ただひとつ所に身をおく羽目におちいりたり。」
D.H.ロレンス「島狂ひの男」)