( ゚Д゚)<Re: 子供の倫理

「「それで?」と稲子は問いかけた。
「そうそう、思い出したわ。」と母はその答えの前に、「木には木の縁があるのだよと、お父さまがおっしゃったじゃないの。木がなぜこのうちにあって、このうちで花を咲かせるなんて、稲子が子供らしい、むずかしいことを聞いた時に。」
「そう?」
「子供って、むずかしいことを言うものね。」
「子供はなんでもふしぎなのよ。」と稲子は言った。「ふしぎと思いだすと、まわりのものやまわりのことが、なにからなにまでふしぎなのよ。なんであるのか、なぜなのか、みんなわからないから。子供はだれもそうでしょう。庭の土を掘っていて、みみずが出てくると、これ、なに? みみずですよ、と教えてくれる。みみずは土のなかにいるの? みみずはなぜ土の中にいるの? みみずは土のなかにいるものだから土のなかにいるのです、と大人に言われたって、子供は納得しないでしょう。土のなかにいるのがふしぎなばかりでなく、みみずなんてものが、人間とはくらべようもないほどちがうものが、なぜこの世界にいるのか、子供にはふしぎでわからないでしょう。蚊に刺されると、蚊はなぜあたしを刺すの? あたしの手でたたかれて殺されるじゃないの? 小さいときの稲子は、夜になるのがきらいだったから、なぜ夜があるの? 昼ばかりだと、稲子もお父さんも眠れないからと、お父さまがおっしゃったの、稲子はおぼえているわ。そんなら、夜はだれがくれたの? そうだな、人間を眠らせる神さまがくれたんだろう。眠りの神さまなの? どんな神さま? どこにいるの? 眠っていて見えないよ。そんなお父さまの答えは、みんな子供だましの嘘だったわ。」
「夜はだれがくれたの、なんて、おもしろいことを言ったものね。」と母は口をはさんだ。
「人間を眠らせるために夜ができたのじゃなく、人間なんていうものがいなくても、地球に夜はあるのでしょう。夜があるから人間は眠るのじゃないの?」
「それはどうかしら。もし夜がなくっても、人間は眠らずにはいられないでしょう。夜がないなんて、考えられないことだけれどね。夜はあるものなのよ。」
「どうして、夜はあるものなの? 今も稲子が子供だったら、そうたずねるでしょうね。子供がふしぎだったり、わからなかったりして、それを聞いてみると、子供って、むずかしいことを言うものね、と大人は逃げてしまうわ。」
「でも、ほんとうにむずかしいことはむずかしくて、答えようがないんだもの。夜はあるから夜はある、みみずは土のなかにいるからみみずは土のなかにいる。そんなものよ。わたしたち世間なみのものにはね。夜のある地球に人間が発生して来て、夜は眠る習性につくられているのよ。ほかの動物でもたいていね。」」
川端康成『たんぽぽ』)